21世紀のスキツォイドマン、重低音の魔術師、現代音楽の語りべ、数々の異名を持つ 謎の ベーシスト 『陰陽師』 があなたに捧げる毒舌プライベート・ダイアリー。今宵もあなたを華麗なる陰陽師ワールドへいざなう。

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2007年04月22日(日)

Here,There and Everywhere [書き物]

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Here,There and Everywhere

「Here,There and Everywhere」(邦題:ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実)著者:ジェフ・エメリック&ハワード・マッセイ。

著者のジェフ・エメリック(以下、GE)は1962年英国EMIにアシスタントエンジニアとして就職し、ビートルズのデビュー曲「ラブミードゥ」のレコーディングでリンゴスターのドラムに不満を抱いたプロデューサー、ジョージ・マーティン(以下、GM)がリンゴに替えてセッションドラマーを雇うシーンやビートルズのメンバーが職業作曲家の曲をシングルにするよう命令するGMに逆らってあくまでも自分たちのオリジナルに拘りそれをナンバーワンヒットにしてしまうシーンに立ち会い(ま、この二つは立ち会ったと言うより見学していた、という表現が適している)、「シーラブズユー」や「抱きしめたい」が曲として出来上がっていく過程に接して余りの上出来振りに仰け反り、そして66年に正規エンジニアとしてビートルズ担当(ちなみにこの時GEは19歳!)となったあとは「リボルバー」「サージェントペパー〜」の傑作を生みだし、俗にいう「ホワイトアルバム」は仕事を途中でほっぽり出すまで担当した。

「アビーロード」や極めて珍しい70年代の数少ないセッション(レットイットビー)も担当し、90年代の「アンソロジー」にまで関わった人物である。ま、簡単にいうとビートルズが生まれてからほぼずっと内側から関わり続け、マジックが生まれる現場に立ち会った数少ない人物なのである。

600ページに及ぶこの書籍で久し振りに本を読んで感動するという体験をさせて貰った。ま、世間一般に知られていないような新事実はそれほど出てこないが(後述する)、エンジニアとしてバンドに副って内側にいた人間にしかわからない事柄や人間模様。今まで沈黙を守ってきた著者GEが初めて口を開いた20世紀音楽史を、歴史の生き証人の証言を、とくと読ませてもらった。

以下ネタばれ、引用が沢山あるから気をつけられよ

ま、このGE氏、エンジニアっちゅうくらいだからどちらかと言えば技術論に傾き気味ではある。実際、彼の評価によるとビートルズのアルバムで傑作なのは自分が初めてチーフエンジニアとして関わった「リボルバー」や「サージェント〜」を挙げている。ホワイトアルバムに関しては途中で投げ出したくらいだから糞味噌だ。今でもこのアルバムを耳にするとイヤ〜な想い出が蘇るくらいトラウマとなっているようだ(笑)。そして「アビーロード」に対する評価もそれほど高くない。ちょうどこのアルバムからスタジオのコンソールが4チャンネルから8チャンネルに置き換えられてサウンドが変わってしまったそうだ。

それからEMIから育ったのちに高名なプロデューサーやエンジニアとなった、ノーマン・スミスやアラン・パーソンズ、クリス・トーマスといった人達に対する記述はノーマンを除き非常に少なくネガティブだ。それはアシスタントとして働き、その後任として仕事を引き継ぎ仕事を教えて貰ったノーマン・スミスと、同じポジションで仕事をした(つまり競争相手だ)アラン、クリスの違いか。技術屋としてのプライドが他のエンジニアを評価しない原因になっているのだろう。

技術屋として、そう彼GEはジョンレノンの突拍子もない抽象的な要求に応え従来なかったような方法をトライし実現してきた。それはこんな感じだったらしい。。。

  「俺の声を何マイルも向こうの山のてっぺんでダライラマが歌ってるようにして欲しい」♪トゥモローネヴァーノウズ♪→ヴォーカルをレスリースピーカーに通した

  「なんでいつもマイクは俺の前にあるんだ。後ろにあったっていいじゃないか」と本当に後ろに置いてレコーディングしたらしいが当然不首尾となってボツだった。

  「イエローサブマリン」のSEで実際に水の中で歌っている声を録音させようとした。まず試したのはうがいをしながら歌うことだった。だがこれがあやうく窒息しそうになって失敗に終わると、今度はタンクを運び入れろといいだした。

  「ペーパバックライター」でベースのくぐもった音に不満だったGEは、スピーカーをマイク替わりい使うアイデアを思いつき(マイクとスピーカーは配線が逆なだけで構造状は同じものだ)、上質のベースサウンドをモノにした。

etc

恐らく世界標準として現在では当たり前に行われていることでGEが最初に思いついたアイデア

  バスドラの中に毛布やセーターをミュートとして入れ、マイクを極至近距離に置き、ドラムの音にリミッターを掛ける。それまではマイクをバスドラから二フィート離して録音するのが常識だったらしい。

世間でマニアックに語られていた事柄で真実が判明したこと(アトランダムに)。

  アビーロードの「サムシング」のギタ-ソローはジョージハリスンだった。しかも空いているトラックの関係でオーケストラと同時の一発取りだったらしい。

  アビーロードの「ジエンド」でのギター回しの順番は、ポール・ジョージ・ジョンの順。ま、これはそうだろうと大体予想されていたことだが、、、。「このセッションの良い雰囲気がプロジェクト全体に行き渡っていたならアルバム「アビーロード」は途方もない素晴らしいものになっていただろう」とGEは語る。げ!あれ以上の素晴らしいものが出来たのか、歴史にタラレバは禁物だが、このタラレバは本当に妄想してみたい。

  同じくアビーロードの「ジエンド」でのドラムソロは本来もっと長く演奏されたがGEがGMの指示でレコードの長さにカットされた。

  ジョージハリスンはギターソロになるとまともに弾けなくてしょっちゅう痺れを切らしたポールにとって替わられていた。後年の両者の確執はこの辺からかも知れない。

  ドラムのフィルインに苦労したリンゴはこれ又ポールからあれこれと指導を受けていたらしい。

  英国王室の御前演奏会である「ロイヤルバラエティショー」での例の有名なジョンの「宝石ジャラジャラ〜」発言は「ディスボーイ」のレコーディング中に考え出されたらしい。

  実質的なラストアルバム「アビーロード」のタイトルは彼らFAB4が長年世話になったスタジオに敬意を込めてタイトルにしたのではなく、こんな狭くてジメジメした息の詰まりそうなスタジオでもう仕事をしなくて済む、という皮肉とアルバムタイトルを他に考えるの面倒だったという理由かららしい。それを証明するようにスタジオの在る側から出ていく方向の彼らのジャケット写真が使われている(スタジオそのものはジャケットの向かって左側にある)。

  「アビーロード」の中の「ビコーズ」においてジョン・ポール・ジョージの三人は三種類の三部コーラスをすべてナマで歌いレコーディングした。その間、リンゴはずっと同じスタジオで見守り続けた。それは64年頃の仲のよかった四人のように。

GEは、二人の天才、ジョンレノンとポールマッカートニーについても述べている。

ポールは几帳面で計画的なタイプだ。いつもノートを持ち歩き、読みやすい字で、歌詞やコードを進行を書き留めていた。対照的にジョンは。いつも混乱をきたしているように見えた、思いついたアイデアを走り書きしようと、しょちゅう紙切れを探し回っていた。ポールは生来のコミュニケーション上手だった。ジョンは自分のアイデアをうまく言葉にできなかった。(中略)ポールはあるパートを完璧に仕上げるために、長い時間を費やすことも厭わなかった。ジョンはせっかちで、すぐに新しいことをやりたがった。ポールはたいてい、自分が求めるものを正確に把握し、批判を受けると気分を害した。ジョンはずっと神経が太く、他人の意見もオープンに聞き入れた。

(中略)

彼らがお互いに対して果たした重要な役割は、恐らく公平な批評家としてのそれだろう。ポールに向かって「今の曲はクソだ」といえる人物ーそしてその言葉をポールが甘んじて受け入れる人物は、実質的に世界でジョンしかいなかった。逆にジョンの目を真っ直ぐ見て「やりすぎだ」といえる人間も、やはりポールしかいなかった。(中略)ジョージマーティンがそんな真似をしたら。首を食いちぎられていただろう。ポールとジョンにとってのジョージマーティンは、あくまでも協力者止まりで、決して同等の存在ではなかった。

(中略)

最初期の時代から、真のアーティストといえるのは、ビートルズではなくジョンとポールだと僕は思っていた。レコーディングスタジオにいるとそれは自明の理だったからだ。ジョージはよくギターソロで苦労していたし、リンゴもしょっちゅうドラムフィルでつまずいていた。にも関わらずグループの間には、ほとんど神秘的といえる絆があり、その絆はEMIのスタッフにはどうしても破れないージョージマーティンにすらー壁を作り上げた。

(中略)

ひとりひとりのビートルズを相手にするのは、さほど難しいことではない。(略)ところが四人全員がそろうと、彼らは一気に結束を固め、ぼくらをシャットアウトしてしまう。まるでぼくらに入会が許されない、秘密クラブのようだった。

最後に陰陽師談(笑)

一週間くらいあれやこれや書いてみたがどうにもこうにも纏まらない。よって投げる(は?)読みづらいことは承知の助だがどないもこないも成らない。よってほる(へ?)

ビートルズ、誰一人として超えられない、超えるわけがない。ビートルズ以降の音楽はすべて無意味だ。いや以前の音楽はすべて滓だ、塵だ、J○◎◎なんて●●滓だぁ〜〜〜♪

「サージェント〜」で頂点を極めた彼らは俗にいう「ホワイトアルバム」でバンドの崩壊が始まり「ゲットバックセッション」にて確執は決定的となった。小野の婆さんは相変わらずうんざりするほどウザイが婆さんがバンドの崩壊や分裂の原因ではない。きっかけくらいにはなったかも知れないがこの婆さんが影響を与えられるくらいビートルズは柔ではない。

法律上ビートルズは今もって解散していない。がしかしメンバーのうち二人がこの世にいない現実から、そして他のどのようなミュージシャンでも置き換え不能なところから永遠にその名が使われることはないだろう。

「Here There and Everywhere」♪

Posted by 陰陽師 at 23時46分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

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コメント

ここに落としたんですね。
R先生に聞くまで全然わかりませんでした。
来週の放課後、補習授業を受けてくださいっ♪

まんきち 2007年04月26日 03時01分 [削除]

>まんきち殿
>ここに落としたんですね。

余り上手く落ちてないが、ここに落とした(笑)

>来週の放課後、補習授業を受けてくださいっ♪

へ?わたしが補習を受けないとあかんのか?

陰陽師@やさ〜ん 2007年04月26日 12時24分 [削除]

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